第113議会(2013-2014)会期終了直前に「2014年コーストガード海運法」が成立しました。この法律はコーストガードに予算権限を付与するための法律ですが、その中に含まれているSec 308に「2014年から2018年に米国産LNG輸出に米国籍船舶の使用を義務づけ、2019年以降は米国籍、米国建造船の使用を義務づけた場合に、船舶の建造及び運航のために米国海事産業で創出される2015年から2025年までの毎年の雇用数」についての議会への報告を義務づける文言が含まれています。
(注)2015年12月にGAOがMaritime Transportaion: Implications of Using U.S. Liquefied-Natural-Gas Carriers for Exportと題する報告書を発表しています。
「議会への報告義務づけ」というのは、一般に政策に具体的な影響はなく、同案件についての議論の場を設ける可能性を残すための「プレースホルダー」と考えられます。言い換えれば、米国籍船の使用義務づけを推進している議員に対し、「あかん」と言いきるのではなく「まあまあ、話はわかったけど、今年はむりだから来年また改めて話し合いしましょうね」となだめているようなものです。推進議員のバックには必ずロビーイングをしている業界団体がいますので、議員も手ぶらでは帰れない。「報告書義務づけ条項を盛り込ませたから、来年また審議する」と業界に言い訳します。ここでロビー団体がさらに強硬に働きかけ、その議員にきわめて大きな政治力がある場合は次の議会で具体的な内容を含む法案につながる可能性もあります。
このような文言をコーストガード予算権限法に盛り込んだ張本人は下院運輸インフラ委員会USCG海運小委員会の筆頭委員のガラマンディ下院議員です。(そのため、この条項はガラマンディ条項と呼ばれることもあるようです。)最初の提案は無関係な法案への修正案として提案されたものです。可決されそうな法案に無関係な条項を修正案として添付して「相乗り」するコバンザメ方式は米国議会ではよく見られます。修正案として提示された条項は「今後10年間米国産LNG輸出に米国籍LNG船を使用し、米国建造LNG船を使用することを義務づける」という強硬なものでした。業界ロビーに顔を立てるために、最初はこのような実現不可能と誰もが承知しているような強硬な要求をせざるをえないのでしょうか。同議員はすぐにこの案を撤回し、その代わりに「報告」条項が盛り込まれました。
ガラマンディ議員は船員労組、米国籍船社団体、造船事業者団体等からロビーイングを受けており、何らかの成果を見せなくてはなりません。そこでガラマンディ議員は独立法案である「Growing American Shipping Act of 2014」を提出します。本法案の趣旨は(1)海上保安と港湾の安全確保のために実現可能なかぎりにおいてLNGを米国籍船舶で輸送することを奨励する、(2)造船産業基盤を維持する、(3)米国LNG輸出入に従事する船舶の運航において実現可能なかぎりにおいてUSCGが発給した船員資格を保有し、運輸セキュリティカードを保持する資格のある船員を配乗する、ことでした。言い換えれば、米国産LNGの輸出又は米国へのLNG輸入に使用するLNG船の資格条件をジョーンズ・アクトに規定される内航資格である「米国籍」「米国建造」「米国人配乗」と同等とすることを「実現可能なかぎり」奨励しましょう、というもので、「強制」ではありません。特に「米国建造」については「艦船建造産業基盤の維持」として示唆しているにすぎません。
その後の審議と法律制定の手順は複雑になるので省きますが、最終的に成立したコーストガード予算権限法には「報告」条項とガララマンディ議員が提出した「Growing American Shipping Act of 2014」の一部が盛り込まれました。
「報告」条項については先に述べたように実質的な効力はなく、ロビーイストに対して何らかの成果をあげたことを示すための議員の政治的パフォーマンスであると考えられます。
法案の文言を細かく読まないとわからないのですが、ガラマンディ条項には「LNG輸出に米国籍船舶の使用を奨励するために既存の権限を明確化する」内容が含まれています。「奨励」ですのでこれも強制力はありません。
具体的には洋上石油/LNG荷揚基地に関する既存の法律の文言を修正することにより、米国籍LNG船の使用を奨励する規定の対象を米国産LNG輸出にも適用するものです。
これだけ読んでも何のことかわからないと思いますが、話は10年ほど前にさかのぼります。
10年一昔といいますが、2000年代前半には天然ガス価格が割高となり、米国では数多くのLNG輸入ターミナル建設プロジェクトが提案されました。洋上でLNGを再ガス化し天然ガスとしてパイプライン輸送する洋上荷揚げターミナルの建設を可能にするために、原油を対象としたDeepwater Port法による洋上荷揚ターミナル建設許可の対象がLNGに拡大されました。
余談ですが、Deepwater Portを一様に深水港とか外洋港と訳している文献を時たま見ますが、この場合は「港」ではないので注意してください。
2006年に米国議会は国家安全保障を強化することを趣意として、米国へのLNG輸入に米国籍船の利用を奨励するプログラムを施行することを義務づけました。さらに、洋上LNG荷揚基地の建設許可について米国籍船を利用する案件を優先して扱い、また船員の国籍を考慮するように指示しました。
その結果、洋上荷揚基地の許認可を所掌するMARADは「奨励」プログラムの施行を義務づけられましたが、現実的には「奨励」装置の対象は米国籍船舶の利用ではなく「米国人船員の雇用」に落ち着きました。
その後、LNG船に配乗するための米国人船員の訓練、雇用に関わる動きとして、当時洋上LNG荷揚げ基地建設を計画していたいくつかの企業が許認可プロセスをスピードアップするために米国船員雇用の意思を表明しましたが、100%ではなく10%〜25%を米国人とするものでした。その際にもLNG取扱い経験のある米国人船員が不足していることが指摘されています。
その後間もなくシェールガス開発により天然ガス価格が下落し、輸出ターミナルはほとんど稼働しておらず、米国船員の雇用も実現していません。
これまでの経緯から、さらなる強硬的、具体的な内容を含む立法につながる可能性は極めて低いと考えられます。1年後にGAO報告書が委員会に提出された際に、さらなる積極的なロビーイングが行われていれば、同案件に関する公聴会が開催される可能性があり、それと前後して何らかの法案提出がありえるでしょう。しかし、洋上LNG輸入ターミナル案件の前例から、米国籍船舶の使用が義務づけられる可能性は極めて低いと思われます。